津田梅子の家系図や現在の子孫を調査!経歴と学歴や名言集を紹介!

1864年12月31日に誕生し、

日本の女子教育の先駆者であると評価されている津田梅子さん!!

 

『女子英学塾(現 津田塾大学)』の創設者であり、

日本の女性進出に大きく貢献している女性ですよね!!

 

これらの功績が評価され、

2024年からは5000円札にも印刷されることになりました。。。

 

今回は、

そんな津田梅子さんの経歴と学歴や、

家系図と現在の子孫について迫りたいと思います!!!

 

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津田梅子の家系図や現在の子孫を調査!!

 

津田梅子さんは、

父親の”津田仙”(旧幕臣・東京府士族)と母親の”初子”の間に次女として誕生し、、、

江戸の牛込南御徒町(現在の東京都新宿区南町)で生まれ育ちました!!!

 

 

父親は、

幕府崩壊とともに仕事を失いましたが、、、

その後は築地のホテル館で働き、、、津田家は向島へ移りすんだそうです!!

 

また、

父親の仙は西洋野菜も育ってており、、、

津田梅子さんは幼少時代から父親の農園の手伝いを行いながら、

手習いや踊りなどを学んでいたそうです!!

 

その後は、

父親の仕事の関係でアメリカと日本を行ったり来たり。。。

 

長い間、

アメリカ人の画家であるチャールズ・ランマン夫妻の家で生活していたそうですね!!

 

アメリカと日本という異文化に触れながら学生時代を過ごした津田梅子さんは、

1900年に『女子英学塾(現在の津田塾大学)』を設立し、、、

その後、日本の女子教育の先駆者であると評価されるほどに活躍されましたが、、、

そんな津田梅子さんは結婚していないそうです。。。

 

生涯独身を貫いていることから、、、

血の繋がりがある子孫はいないようですね。。。。

 

また、

津田梅子さんは、

何度か結婚の話を持ちかけられたこともあったそうですが、、、

もともと結婚にあまり関心がなかったようで『生涯独身』を貫いています。。。

 

当時、

縁談があるにも関わらず、、、

独身を貫くというのはある種、勇気のいることだったでしょう。。。(本人はどう思っていたかどうかわかりませんが。。。)

 

このような一般的な感覚と逆をいくあたりが、、、

まさに時代を変える人間の行動といった感じがしますね!!

 

 

ただ、

結婚はしなかった津田梅子さんですが、、、

養子を取っていたそうですね!!

 

その養子というのが、、、

甥の”津田眞”さんだそうです!!

 

そして、

津田眞さんの娘である”あい子”さんは、

西郷隆盛の曾孫である”西郷隆晄”さんと結婚したのだそうです。。。

 

そんな、

津田家と西郷家(あい子と西郷隆晄)の間に生まれた次男の”津田直”さんは写真家となり、、、

2000年に祖父である”津田眞”さんと養子縁組となって津田家当主を継いだそうです!!

 

津田梅子さんと直接の血縁関係にある子孫はいませんが、、、

養子となった津田家の血筋は今も生きているようですね!!

 

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津田梅子の経歴や学歴を紹介!!

 

名前       津田 梅子(つだ うめこ)

生年月日     1864年12月31日

出身地      江戸牛込南御徒町(現在の東京都新宿区南町)

 

津田梅子さんは、

父親の津田仙さんが『旧幕臣・東京府士族』であり、

明治政府の事業に関わっていたことから、、、6歳の頃からアメリカで生活しています!!!

 

ワシントンで生活していたこともありますが、、、

アメリカのジョージタウンで日本弁務館書記で画家でもある”チャールズ・ランマン”夫妻の家で生活していました!!

 

また、

ワシントンで留学していた時に仲の良かった『山川捨松(のちの大山捨松)』『永井繁子(のちの瓜生繁子)』とは生涯仲が良かったそうですね!!

 

二人は、

津田梅子さんが『女子英学塾(現在の津田塾大学)』を設立する際にも協力してくれていました!!

 

津田梅子さんは、

6歳の頃からチャールズ・ランマン夫妻の元で生活しており、、、

アメリカの文化に触れながら成長しています!!!

 

英語はもちろんのこと、

『ラテン語』『フランス語』『英文学』『自然科学』『心理学』『芸術』など多くを学び、、、

さらには休日にはチャールズ・ランマン夫妻とともに旅行にも出ていたそうです!!

 

 

このような学生時代を過ごした後、、、

日本へ帰国してみると、、、海外留学した女性の活躍する場は極端に少なく、、、

ワシントンで仲良くしていた『山川捨松』と『永井繁子』も日本軍人と結婚しています。。。

 

そして、

津田梅子さん自身は、

長くアメリカで生活していたことから、、、

日本語能力が衰えており、、、通訳が必要なほどでした。。。

 

このような状況の中、、、

伊藤博文と出会ったことから伊藤博文の英語指導と通訳の仕事に就きます。。。

 

その後は、

日本語をしっかりと学び、

英語教師となって『桃夭女塾』で働くようになりました!!

 

1885年には、

伊藤博文の推薦から、

『華族女学校』で英語教師を3年間務めるも、、、

上流階級的気風には馴染めなかったそうですね。。。

 

 

その後、

1889年に再びアメリカへ留しています学!!!

 

3年間、

アメリカで留学生活を送り、、、

1992年に日本へ帰国。。。

 

日本へ帰国してからは、

再び華族女学校で英語教師を務めるも、その後は、

・1894年 → 明治女学院で講師を務める

・1898年 → 女子高等師範学校教授を務める

としっかりとキャリアアップを図ります!!

 

さらに、

『女子大学創設運動』『高等女学校令』『私立学校令』がそれぞれ公布されて法整備が整い、

女子教育への機運が高まったことから、、、父親の津田仙、留学時代にお世話になったアリス・ベーコン、ワシントン時代の親友である大山捨松と瓜生繁子の協力を経て1900年に『女子英学塾(現在の津田塾大学)』を設立しています!!!

 

そして、

津田梅子さんは、

『女子英学塾(現在の津田塾大学)』塾長となり、

『華族平民の別のない女子教育』を志して一般女子の教育改革を始めました!!!

 

その後、

独自の教育方針を貫くために、、、

資金援助は最小限に抑えて津田梅子さんは最前線で教育に徹しています。。。

 

自身の身を削りながら、

教育に尽力し続けたからか、、、

1929年に64歳という若さでこの世をさりましたね。。。

 

ただ、

生涯独身を貫き、

自身の生き様を全うした津田梅子さんは女性進出に大きな影響を与えているでしょう。。。

 

これらの功績から、、、

ドラマや映画になることも多いですね!!

 

1982年 → NHKの連続テレビ小説『ハイカラさん』

2013年 → NHK大河ドラマ『八重の桜』

2015年 → NHK大河ドラマ『花燃ゆ』

 

また、

2010年に公開された日本とアメリカの合作映画『レオニー』にも登場しますね!!

 

さらには、

2024年から使用される新紙幣の五千円札に印刷されることも決まりました!!!

 

 

時代を超えた今でも、

津田梅子さんの偉業は残されていますえん!!

 

津田梅子の名言を紹介!!

 

環境より学ぶ意志があればいい。

 

人生の導き手である良い書物は、 その書物のなかで語る偉人たちの言葉は、 求めさえすれば 皆さんのものとなることでしょう。

 

この学校に限らず、他のどの学校においても、 学校だけで皆さんの行く手にあるものに対処できる力を 完全につけてあげることはできません。

 

津田梅子さんの名言集はこちら!!

津田梅子さんの名言集はこちら!!

 

津田梅子の著書を紹介!!

 

 

 

 

まとめ

 

今回は、

津田梅子さんについて紹介してきましたが、、、

いかがでしたでしょうか??

 

津田梅子さんは、

『女子英学塾(現 津田塾大学)』の創設者であり、

『日本の女子教育の先駆者である』と高い評価を受けた教育者です!!

 

しかし、

当時は数々の逆境をはね返して自身の教育を貫いていたわけですから、、、

心が折れかけることはたくさんあったでしょう。。。

 

それでもなお、

仲間に助けられながら、、、

自身の教育を貫いた津田梅子さんの生き様は本当にかっこいいですね!!!

 

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